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2010.08.30

スズメの子


先日、我が家にスズメの子が迷い込んできましたww
かみさんは、何が何だか分からず、こんな砂利の見通しのいい場所では、すぐにカラスやネコに
見つかって命を落とすと思い、すぐに苔が生えている緑が茂ってる場所へ移してあげたそうです。
どうやら、巣立ちのヒナらしいのです。まだ飛べません。こういうケースは多々あるようです。
調べて解ったのですが、スズメのヒナは、この時期に多くが命を落とすそうです。
でも、訳が解らない僕たちは夜になってからも、保護すべきかどうか真剣に悩みました。
ネットで調べたらスズメのヒナは3時間食べないと急速に衰えるとか書いてあるし。
いくらタチの悪い僕でも「焼いて食う」って選択肢はありませんでしたね、さすがに(笑)
ただ保護しても餌として与えるものはなかったし、玄関先の植物の下でうずくまっている
ヒナを見守るしかありませんでした。

翌日は早朝から親鳥に巡り合えたようで、餌ももらえたのか元気に走り回ってました。
かみさんがカメラを向けて近づくと、ジッとこちらを見つめたそうです。
僕に言わせれば「おめーは、知ったかぶりカイツブリ(滋賀県のキャラクター)か!」って
とこですが、かみさんは、懐いてくれたのか、可愛いなと思ったそうです。
が、次の瞬間、脱兎のごとく走りだし、道路を駆け抜け(まだ、飛べない)、お向かいの家へ
走り去ったそうです。・・・この恩知らず!
でも、僕のうちの敷地で死骸にならんで、ほんと良かった(笑)
どうにか無事に成長してもらいたいものです。

その鬼軍曹の名は、山本小鉄

元プロレスラーの山本小鉄さんが28日、低酸素性脳症のため死去した。
68歳だった。告別式は近親者で行う。
日本プロレスに入門後、1972年、新日本プロレスの旗揚げに参加。
後輩を厳しく指導した「鬼軍曹」として知られ、引退後は解説者としてテレビで活躍した。

・・・・・一瞬、継ぐ言葉を失いました。
多くの方に理解をいただけないと思いますが、僕にとって山本小鉄こそが新日本プロレスの
ストロングスタイルの核であり、精神的な柱でした。

山本小鉄と云えば、多くの人にとっては「ヤマハ・ブラーザーズ」でしょうが、僕にとっては
選手時代の煌めきは、彼の功績の一過程でしかないと思えます。
山本小鉄の代名詞である「ヒンズースクワット」も、リング上でのパフォーマンス程度にしか
思われてない節がありますが、彼はこれを3000回以上、優にこなしました。
パキスタンの英雄アクラム・ペールワンから猪木へ寄贈されたトレーニング器具「コシティ」も
猪木と山本小鉄以外に使いこなせるレスラーは、数多くないと思われます。
新日本プロレスは”KING of SPORTS”を標榜していましたが、その屋台骨を支えていたのは、
他ならぬ山本小鉄です。プロレスの魅力はブッチャーのような流血でもなければ、長州のような
派手なパフォーマンスではない。鍛え抜かれたテクニックと肉体の凄味を教えてくれたのが
山本小鉄氏でした。
ここに有り余る感謝と賞讃の意を表し、哀悼の意と共に、謹んでご冥福をお祈りします。